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6年間海底に没した後に引き揚げられた軍艦が、刑法260条の艦船には当たらないが、同条の建造物に当る場合があるとされた事例(広島高判1953.09.09)

6年間海底に没した後に引き揚げられた軍艦が、刑法260条の艦船には当たらないが、同条の建造物に当る場合があるとされた事例
広島高判1953.09.09(S28.09.09)
高刑集6.12.1642

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(判決文)


窃盗未遂器物毀棄被告事件
広島高等裁判所昭和二八年(う)第一九六号
昭和二八年九月九日第一部判決
控訴人 被告人 佐々木保弘 外一名
検察官 小西茂


       主   文

原判決を破棄する。
被告人両名を各懲役二年に処する。
押収のハンマー一挺(証第一号)はこれを没収する。
原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。


       理   由

 被告人佐々木保弘の弁護人鍵尾豪雄被告人高森豊の弁護人平山雅夫上山武の控訴趣意は記録編綴の各控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。
 平山、上山両弁護人の論旨第二点の二及び鍵尾弁護人の同第三点(手続法違反)について
 本件の起訴状に記載された訴因と原審第六回公判廷において検察官から予備的追加の請求のあつた訴因との間には所論のように表現において多少の差異があるけれども、その基本たる事実としては、被告人等は共謀して本件旧軍艦「日向」の蒸化室装置の砲金製キングストンバルブのカバーを窃取しようとして同カバー取付のナツトを取外したが容易にこれを取外すことができなかつたため、更に右カバーの船体固著部分にタガネを当てハンマーで打込み破壊して窃取しようとしたが右破壊部分から海水が浸入したためその目的を遂げず、且つ右浸水により遂に同艦を沈没させるに至つたというのであつて、要は前記二個の訴因の差異は右犯行の客体である旧軍艦「日向」を器物と見るやはた又艦船と見るやの主として法律上の評価の問題に帰省するのであつて、前者の訴因はこれを器物毀棄としたのに対し後者の訴因はこれを艦船損壊とした差異があるに過ぎず、その公訴事実に至つては豪もその同一性を害するものではないから原審が右予備的訴因の追加を許したのは当然であつて何等違法のかどはない。又数個の訴因が予備的に為されている場合、裁判所が審理の結果右数個の訴因中何れかの一について有罪の判決をした以上他の訴因は自ら排斥されたものであることは明らかであつてその排斥の理由をことさら判決に示す必要はないのであるから、従つて又本件において器物毀棄の点に関する告訴の有効無効につき争があつたとしてもすでに右訴因が全面的に排斥されたものである以上特に告訴の効力の点につき判断を示す必要は豪も存しないものといわねばならない。なお原審が本来の訴因である器物毀棄の点につき審理をつくしたものであることは右の予備的訴因追加は一旦審理を終結した後弁論を再開した原審第六回公判廷において為されていること並びに右追加は主として法律問題にかかるものであつたことに徴しても明らかなところである。従つて原判決には何等所論のような訴訟手続に関する法令違背はない。論旨は何れも理由がない。
 平山、上山両弁護人の第一点、第二点の一及び鍵尾弁護人の第一、二点(事実誤認、法令適用の誤)について
 論旨は、本件の客体である旧軍艦「日向」は当時すでに完全に艦船たるの機能を喪失し単なる船骸ないし一塊のスクラツプに過ぎなかつたものであるから刑法第二六〇条の艦船と認むべきものではない。又被告人等には艦船損壊の犯意もない。然るにこれを艦船であると認定し前記同条を適用処断した原判決は事実を誤認し且つ法令の解釈適用を誤つた違法があると主張する。そして原審並びに当審において取調べた証拠に現われている事実によれば、右の旧軍艦「日向」(全長二二〇米、巾三四米、総屯数四五、〇〇〇屯)は昭和二〇年七月四日の空襲により被爆し広島県賀茂郡情島沖合で沈没擱座中のものを終戦後連合国の指令により解撤船艇として破壊を命ぜられ同所において播磨造船所の手により先ず干潮時水面迄の上装部分を解撤されそのまゝ久しく放置されてあつたが、これを引揚げスクラツプとして熔解用及び伸鉄材料として再製使用する目的で昭和二五年四月三日株式会社松庫商店が国から金千百十一万千円で払下げを受け、ついで飯野産業株式会社の所有となり同会社の手により昭和二六年七月完全浮揚に成功し、これを同郡倉橋島大浦崎の北西方約六〇〇米の海上に曳航繋留し、同所において排水ポンプを備付けつつ解撤作業中のものであつたが、本件犯行当時はすでに上部より全体の約三分の二を解撤し終り残余の下甲板より以下の部分につき右作業が進められ居り艦内作業として保安要員を含め毎日約七、八〇名の作業員がこれに出入して該作業に従事していたものであることが認められる。
 ところで刑法第二六〇条にいわゆる艦船であるがためには現に自力又は他力による航行能力を有するものであることを要するものと解すべきものであるから、右のように六年間も海底に沈没して錆腐し且つその三分の二を解体撤去されたとえ水上に浮いていたとはいえ、完全に航行能力を喪失し一部の船骸を残すに過ぎないものであるからもとは軍艦であつても同条にいわゆる艦船には当らないものと解するを相当とする。然らば右は単なる器物又はスクラツプの塊りに過ぎないものと見るべきや否やというに、右は解体途上にあつたもので本件犯行当時は既に三分の二を解撤されたとはいえ、なお下甲板以下の巨大なる原型構造を存し内部に人の出入し得べき各室を有して毎日約七、八〇名の作業員がこれに出入して解撤作業に従事していたもので浮べる解体工場ともいゝ得べく且つ地上ではないとしても一定の場所に繋留されていたものであるから右は家屋類似の工作物であつて同条にいわゆる建造物に当るものと解するのを相当とする。そして被告人等はこれを沈没せしむる意思はなかつたとしてもその一部を故意に破壊したものであることは明らかであるから、本件は建造物損壊を以て論ずるのを相当とする。(物の一部を破壊する犯意があればその物に対する犯意は否定し得ないし、建造物損壊罪は一部の損壊を以て既遂となる。)然るに原判決がこれを艦船損壊と判断したのは法律上の判断を誤つたものと言わねばならない。しかし建造物損壊と判断すると艦船損壊と判断するとによつて罰条に差異はなく等しく刑法第二六〇条前段を適用すべきであり、なお本件は右と一所為数法の関係に在る重い窃盗未遂罪の刑に従つて処断される場合であるから、結局右の違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるとは言えない。従つてこの点の論旨はいずれも理由がない。
 平山、上山両弁護人の論旨第三点及び鍵尾弁護人の同第四点(量刑不当)について
 記録を精査して諸般の情状を考察し、所論を検討するに、本件は被告人等の判示所為に因つて遂に再び同艦は沈没するの結果を生ずるに至り、これが再浮揚に巨額の失費を余儀なくせしめて所有者に多大の損害を蒙らしめたことは犯情においてまことに軽くないものがあるけれども、しかし一面右の沈没は被告人等の全く予想しなかつたところであつて、沈没を認識し乍ら敢て右のような所為に出たものではなく単に前記砲金製金属を窃取しようとして判示のような破壊行為に及んだが意外にもにわかに同個所から海水が流入し噴き出したためその目的を遂げずして終つたものであることが是認せられ、その他所論の事情を考量するときは原審の科刑は重きに過ぎるものがあると認められる。論旨はいずれも理由がある。
 よつて刑事訴訟法第三九七条第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い当審において左のとおり自判する。
(罪となるべき事実)
 被告人両名は共謀の上、昭和二六年一二月二一日午前一〇時頃広島県安芸郡音戸町字波多見大浦崎の北西方約六〇〇米の沖合に繋留され解撤作業施行中の飯野産業株式会社の所有にかかる旧軍艦「日向」(同艦は昭和二〇年七月四日の空襲により爆沈擱座し爾来六年間海底に在つて錆腐したため航行機能を完全に喪失し且つすでに上装部より全体の約三分の二を解撤されて下甲板より艦底部までの部分となり、引続き解撤作業のため毎日約七、八〇名の作業員がこれに出入して右作業の行われていたもので建造物と認められるものである。)において、その左舷艦尾艦底部蒸化室に装置されていた砲金製キングストンバルブのカバーを窃取しようとしてこれに取付けてあつたナツトを取外したが容易に右カバーを取外すことができなかつたので、更にその部分を破壊して窃取すべく艦体の右固著部分に所携のタガネを当てハンマー(証第一号)で数回これを叩いて該部分を破壊したが、にわかに同個所から海水が流入し噴き出したため窃取の目的を遂げずして終つたが、右浸水のため同艦は再び海底に沈没するに至つたものである。
(証拠)
 当審証人仁科沢二の供述の外原判決挙示の証拠と同一につきこれを引用する。
(法令の適用)
 被告人等の判示所為中窃盗未遂の点は各刑法第二三五条第二四三条第六〇条に,旧軍艦「日向」なる建造物を損壊した点は各同法第二六〇条前段第六〇条にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから各同法第五四条第一項前段第一〇条により重い窃盗未遂罪の刑に従い所定刑期範囲内において諸般の情状に照し被告人等を各懲役二年に処し、押収のハンマー一挺(証第一号)は本件犯行の供用物件であつて被告人等以外の者の所有に属しないから同法第一九条第一項第二号第二項に従いこれを没収し、原審並びに当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項、第一八二条に従い全部被告人両名に連帯して負担させることとする。
 よつて主文のとおり判決する。 
(裁判長判事 伏見正保 判事 尾坂貞治 判事 小竹正)

       弁護人鍵尾豪雄の控訴趣意

第一点 事実誤認 原判決は被告人の所為を艦船損壊と認定されたが、本件発生当時に於ける旧軍艦日向は艦船と認むべきものではない。艦船損壊罪は艦船の効用乃至は機能を害する罪であるから犯罪の客体たるべきものは、通常艦船としての機能を保有しているものでなくてはならぬ。然るに本件犯罪の対象となつた旧軍艦日向は、
(イ)昭和二十年七月四日の空襲に依り被爆し所在地情島地先に沈没擱座中のものを終戦後連合軍の指令に依り解撤船艇として破壊を命ぜられ播摩造船所呉船渠に於て工事を施行し船体を干潮時水面迄切断の上放置されてあつたものを(船舶売払予定価格調査書の記載御参照)昭和二十五年四月三日株式会社松庫商店が大蔵省より金千百十一万円也(この鋼材二八、五五八、九屯)にて払下を受けたものにして(契約書の記載御参照)その用途は、これを引揚げた上専らスクラツプとして熔解用及び伸鉄材料として再製するにあつたところ(普通財産売払決議書の記載御参照)その後飯野産業株式会社の手によつて音戸町大浦崎に於て解体せられ本件発生当時既にその三分の二の解体を終え(原審証人豊田星公の供述記載御参照)常時排水ポンプの操作により辛じて浮揚を保つていたに過ぎず通常艦船の有する機能は既に失はれていた。
(ロ)されば債権者飯野産業株式会社、債務者株式会社松庫商店間の東京地方裁判所昭和二十六年(ヨ)第五一一三号仮処分決定申請事件につき同裁判所はこれを艦船と認めず昭和二十六年十二月八日旧軍艦日向を船骸と認定し有体動産に対する仮処分決定を為し、この決定正本に基づき広島地方裁判所呉支部執行吏原田岩槌は同年十二月十日仮処分の執行をした。(以上執行委任書、仮処分決定書、仮処分執行調書の各記載御参照)
以上によつて明白な通り本件発生時に於ける旧軍艦日向は、その使用目的から言つても更に客観的な存在から見ても既にそれは艦船ではなく一塊のスクラツプに過ぎなかつたに拘らず原判決はこれを艦船と認定されたが、これは事実誤認であるから原判決はこの点に於て破棄を免れないものと思料する。
(その他の控訴趣意は省略する。)