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2011年5月31日

原賠法の免責条項について

ずいぶん前から宿題になっていたのですが,この間の週末に,大学の図書館に行っておよそ半世紀前の『ジュリスト』のコピーを取ってきました。1961年10月15日発行の236号。お目当ての記事は「特集 原子力損害補償」という記事で,あの我妻栄氏による解説など,なかなか豪華なものです。

で,興味があったのは,原子力損害の賠償に関する法律(いわゆる原賠法)3条1項ただし書きの免責条項と,国の支援の関係。


原子力損害の賠償に関する法律

第3条第1項
 原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。


第16条
1 政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者(外国原子力船に係る原子力事業者を除く。)が第三条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする。
2 前項の援助は、国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内において行なうものとする。

第17条
 政府は、第三条第一項ただし書の場合又は第七条の二第二項の原子力損害で同項に規定する額をこえると認められるものが生じた場合においては、被災者の救助及び被害の拡大の防止のため必要な措置を講ずるようにするものとする。


原賠法3条1項本文は,原子力事業者の無過失責任を定めていますが,同条項ただし書きは,「異常に巨大な天災地変」によって生じた原子力損害については事業者を免責する規定になっています。

今回,福島第一原発は東日本大震災の地震と津波の影響で大量に放射性物質を放出する大事故を起こしているわけですが,東日本大震災の規模の大きさに照らせば,この大事故が「異常に巨大な天災地変」によって生じたとして,事業者である東京電力は免責を主張することも十分に考えられることです(現に,一部訴訟で東電がその抗弁を出しているというニュースもありました)。


上記ジュリストは,原賠法の立法当時の議論が反映されていて,参考になるのですが,この点について,特集中の「座談会 原子力災害補償をめぐって」で,通産省炭政課長(前原子力局政策課長)の井上亮氏と,東大教授の加藤一郎氏が次のように発言しています。


井上 ・・・・法案では「異常に巨大な天災地変」という言葉を使っています。少なくとも関東大震災の三倍以上くらいの地震これはいまだかってない想像を絶した地震というようなものを一応考えています。およそ想像が出来る,あるいは経験的にもあったというのは,この「異常に巨大な天災地変」の中には一応含まれないという解釈をしているわけです。

加藤 ・・・・今おっしゃった三倍という見当は,現在作っている原子炉が大体そういう基準でできているのですか。

井上 一応そういうことも考慮の中に入っていたわけです。東海村の建設中のコールダーホール(引用者注:英国型のガス冷却炉の通称)の設計基準が,大体関東大震災の二倍程度の地震にたえうるような設計ということになっていますが,一応ここでは常識で考えられない,歴史上いまだかってないようなという趣旨です。

(ジュリスト236号16頁から)


「関東大震災の三倍」というのが,どういう基準で三倍とか言っているのかはよくわからないのですが(マグニチュードの関係で言っているのではないことは間違いないと思います。関東大震災はマグニチュード7.9ですから,M8.3で三倍以上になってしまいますからね),この言い回しは一種の例えで,「いまだかってない想像を絶した」「常識で考えられない,歴史上いまだかってない」というところに主要な眼目があることになろうかと思います。

そうであれば,今回の東日本大震災は,なるほど巨大地震津波であることは否定できないものの,「歴史上いまだかってない」という規模とまではいかないので,免責条項の適用にはやはり否定的に傾くものと思います。


それから,仮に原賠法3条1項ただし書きの免責条項が適用された場合,原子力損害に対する賠償はどうなるのでしょうか。この点について,前にツイッターのタイムラインで指摘されているのを読んだのですが,我妻栄氏は上記座談会で上記引用部分に引き続き以下のように述べています。


我妻 ・・・・今の巨大かつなんとかという場合には,・・・・この部分は事業者も責任がないから国家も責任がない,そして災害救助でやる。つまり伊勢湾台風と同じに取り扱うというのです。
(ジュリスト236号17頁)


つまり,原賠法の免責条項が発動すると,原子力損害についての損害賠償は誰にも請求できず,ただ天災に対する救助と同様に一定の手当てがなされるに過ぎなくなる,ということです。

これは,原賠法16条と17条をよく読むと明らかなのですが,ワタクシこの点については地震の前には勘違いしており,免責の場合は国が賠償について面倒見てくれるのかと思っていました。


とりあえずざっと読んで印象的だったのはこんな感じでした。


(2011年6月3日追記)

Tanaka HDU氏に,有斐閣のサイトで上記で紹介したジュリスト236条の特集をはじめとした,「原発問題・災害対策・被害者救済・安全政策などでかつてジュリスト誌に掲載し,今後の復興政策を考える上で参考となる記事」が無料でPDFデータで公開されているということを教えて頂きました。関心ある方は是非ご覧になってください。

有斐閣のサイトへのリンク

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コメント

どうも。修習はいかがでしょうか?いま有斐閣のHPでは、ジュリの震災や原発などに関する記事が無料で公開されています。上記の特集以外にも、いろいろUPされているみたいですよ。

>Tanaka HDU氏

ご無沙汰しております。修習慌ただしくも楽しく元気にやっとります。

有斐閣のサイト教えて頂きありがとうございました。こんなに気前よく公開されているとは驚きです。

これだったらわざわざ図書館に行くまでもなかったですね・・・・。

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